MJ

リュドミラ・ウリツカヤ『ソーネチカ』(ASIN:4105900331)

『ソーネチカ』

 平凡な女性の非凡な一生。その一言に尽きるだろう。芸術の才能を持つ夫に尽くす人生は、確かに現代に生きる私たちには受け入れがたいものがあるけれども、こういった、一見「与えるばかりの人生」というのもアリなのだろうなあ、と感じた。容貌のパッとしないソーネチカは、才能ある夫に求められて愛情に満ちた結婚生活を送り一粒種までもうけることができたのが、望外の幸せだったのではないか。彼女にとっては多分、「おまけ」の幸せだった。だからこそ、夫や子どもが負わない日常的な些事をすべて請け負って、何も考えずに甲斐甲斐しく働くことを好んで選んだのだ。

 こういった「無償の愛」は、我々には理解しがたいものがあるが、もしかしたらキリスト教の教えであれば十分に説明がつくことなのかも知れない。著者のウリツカヤ氏は講演の中で「キリスト教を素養とする文化に育った人の作品は、そこから理解できないと作品が分からないかも知れない」と語ったが、まさにそういった事なのかも知れない。その他にも、ロシア特有の風俗が多数あって、名前の呼び方を始めとして、なかなか慣れる事ができない。それだけに訳者による解説は嬉しかったかも。

 本の虫だった女性が一人の男性に見初められて彼との愛に生き、晩年、また本の世界に帰って行く。淡々とした彼女の人生なのだが、どうしてなのか洋なし型の眼鏡をかけて本を読む彼女の姿を文章から思い浮かべたときに突然、涙が出てきて困ってしまった。多分、彼女のどこかを自分と重ねていて、自分の老いた姿を見ているのかも知れない。