MJ

イタロ・カルヴィーノ『マルコヴァルドさんの四季』

 おそらく、イタリアと思われる国の都市に住む、マルコヴァルドさんという貧しい男性とその家族の四季を描いた作品。貧しいが生命力のたくましい市井の人たちの様子が暖かい視線で描写され、大人が読んでも十分に楽しめる作品ではないかと思いました。

 因みに、この作品は岩波少年文庫の中の一作で、この岩波少年文庫とは、私もその昔、『エーミールと探偵たち』や『ガリバー旅行記』など、物語の世界に開眼させてくれた選書であります。

 地道に生きるマルコヴァルドさんたちが、少しでも生活を楽にしようと時々大ばくちに出て挙げ句の果てに大失敗、といった話が多く、楽しんで読める作品だと思います。そんな中でネオンが瞬く間に輝く月や、しんと静まりかえった深夜の街や森、深い霧や雪に包まれて音が吸収され、非現実的な空間となった街を逍遙する様子、猫に付いていって猫屋敷に入り込んでしまった話などなど、うっすらと幻想味を帯びた美しい描写が続きます。これらのバランスが絶妙で、少し物語の背景を考えながらも美しい描写にうっとりし、全体的にユーモアを帯びた物語の結末ににっこり。

 どの段も好きですが、特に気に入っているのは、「マルコヴァルドさんとスーパーマーケット」の段かも知れません。「見るだけ、見るだけ」と自分と家族を制しながらも、見栄を張ってカートをいっぱいにしたいという欲求に駆られるマルコヴァルドさん。家族全員がそれぞれ欲求のままにカートをいっぱいにするところ、その後、それらを返すのも惜しく、しかし買えるはずもなく売り場内をおろおろと動き回る悪あがきの場面、そうしているうちにお店が閉まってしまい、工事中の上の階に辿り着いてショベルカーのシャベル部分に商品と自分たちを投げ入れてしまう場面…その後のことは書いてないですが、つかの間の満足を味わったのでしょうか。そうして何よりも、売り場の活気がパノラマ描写されているかのような冒頭から長々と続く文章が、読んでいてわくわくするのです。この場面を読んで、何となく高野文子の『ラッキー嬢ちゃんのあたらしい仕事』(ISBN:4838709641)のデパートの絵を思い出しました。

 それにしても、子どもの頃の自分にも読ませたかったな、と思います。どんな感想を持ち、大人になって、どんな印象を持ち続けたことでしょうか。残念ながら、当時はこの作品は手にしてなかったようです。

 現在、勿体ないことに新刊では入手不可能ですが、学校の図書館には蔵書としてあるかも知れないですね。

書誌情報:イタロ・カルヴィーノ(著) / 安藤美紀夫(訳)『マルコヴァルドさんの四季』(岩波少年文庫2084)

阿部和重『シンセミア』ASIN:402257870X / ASIN:4022578718

nijimu2003-11-03

 休暇中に一気に読了。決して読んでいて気持ちいい話ではないので下巻に移るのが辛かったのだけれど、物語の牽引力は十分にあります。

 山形の果樹農家地帯の神町。かつては空軍や進駐軍が、そして今は航空自衛隊の駐屯地が大きく陣取っていて、そこの家族が大口の顧客にもなっている。閉鎖的な町の中で生計を立て、一日の殆どを送る社会として形成されているため、人間の密着度がかなり濃く、そこから外れることは暗黙の了解で許されていない。それは承知しつつも彼らのエスカレートに耐えられなかった「パンの田宮」二代目と三代目は、それぞれ共犯関係にあるグループからの足抜けを宣言する。それが、パンドラの筺を開くことになるのだ…。

 2000年夏、異常気象の中、教員の自殺や老農夫の失踪が立て続けに起き、幽霊や超常現象が散見されるようになる。そこからいい加減な噂がたちどころに広まる様は、小さな共同体故の弊害といえるだろう。そんな閉塞状態が続く中で、神町の大部分は洪水により甚大な被害に見舞われる。この水が全てを洗い流してくれる期待は果たされず、人々の鬱憤は、やがてはひとつの家族を、スケープゴートとすることで多少、晴らされることになる。そうして、そのような事件がかつてもあったことが本屋の主人によって語られ……。

 共同体というものは、共犯意識により結束を固めることもある。だからこそ町の平和は守られているのだし、その結束からこぼれ落ちたものに対する攻撃は容赦なく、そこでもまた「共同体」故の結束の固さが功を奏する。つまりは、のけ者は一生のけ者であり、末代に渡るまでそれは続くということだ。
 そこでは、社会が変わらぬ限り、いつか歴史は繰り返される。

 ここでも阿部節、そしてたわいない事と事とを意外なところで繋いでいく手腕は健在だ。しかし、長編になった分エネルギーは拡散し、中編では魅力だった終盤に向かってひた走る爆発力が、ここでは呆気なさに繋がっているように思う。この小説、なんと最後の夜には10人も死ぬのだが、その死はあまりにも呆気なくて気が抜けた。

 そして、様々な悪事が露呈する寸前だった時にそれらは起こったことが真実の露呈を、期待していた結末からああいう風に変えてしまうとは!何とも皮肉な結末だったと思う。人の命は賭けても正義が勝つとは限らないということか。もしかしたら、そんな薄っぺらい正義感はあってもろくなものではないということだろうか。

 タイトルの「シンセミア」とは、どうやら麻薬の一種らしい。一見木訥とした神町にも、確実に麻薬は巣くっている。ここでこの名前にした理由がいまいち分かっていないのだけれど、麻薬に犯されたようになる人間の心理状態を表しているのだろうか?

 表紙は、中身とは見まごうほどにキラキラと美しいが、陰りのない美しさというのは、普通の神経では感受することができないものかも知れない。

阿部和重『シンセミア』ASIN:402257870X / ASIN:4022578718

こちらはまだ読んでいる途中なので、あまりきちんとした感想は書けない(って、今まできちんとした感想を書いたことがあったのかは疑問ですが)。芥川賞候補になった『ニッポニアニッポン』以来、2年ぶりになる待ちに待った新作。連載形式で追いかけて読むのはあまり私には向いていないようなので、ただひたすら単行本になるのを待っていたのでした。あちこちでこの作品に関して「今までの阿部作品とは違う」と言われているようでちょっと構えていたのだけれど、実際読んでみると「ああ、相変わらずの阿部節じゃん!」と嬉しくなってしまう。この人の文章はビートが効いていて、その力強さと、裏腹の軽妙さが好み。そして、くそ真面目な文章で描かれた事象は、そこはかとなく間抜けでおかしみがある。語り手さえもが図らずもその渦に巻き込まれてしまっているところがひどく面白く感じるのだ。

いつにも増してお下劣な話が続くのだけれど、これは先を読むのが楽しみだ。山形県の片田舎(…と言っては失礼になるかも。実在の街だし)神町という農村を舞台に、せせこましいのかどでかいのかよく分からない事件が次々と起こる世紀末。

イタロ・カルヴィーノ『見えない都市』ASIN:4309462294

 河出書房新社が河出書房だった頃から出ていた『マルコ・ポーロの見えない都市』が、装いも新たに文庫で登場。私は、入手しづらかった時期にネット古書店で手に入れ、そのまま積ん読状態にしていたら復刊されたりして「こんなに苦労して集めてる私って!?」の状態だった。まあ、復刊された分も早々に版元品切れになり、ああ、これでまた暫く手に入らないのだなあ、と思っていたら、河出クラシック、やってくれました。あれほど探していた『柔らかい月』も手元にあるだなんて、何だか夢見たいっす。訳がまずいらしいけど、そういうのも実際に手に取って読めなきゃ分からないことだもんね。

マルコ・ポーロの見えない都市』を翻訳した米川良夫の手によるものだが、単行本の時から若干訳などを手直ししているらしい。後書きもこの物語を理解する手助けとなるはずなので、単行本を持っている人も再読する価値があると思う。

 さて、この『見えない都市』だが、各国を旅してきたヴェネチアの商人、マルコ・ポーロが、フビライ汗に今まで見てきた不思議な都市の様子を語る、という形態をとっている。しかし、その模様たるや「こんなところ、ある訳無いだろう」というような奇妙なところばかり。しかし、読み進めているうちに段々とそういう印象が薄れてくる。というのも、ひとつひとつの都市のどこかに、既視感が見え隠れするからだ。時には、懐かしい感情を抱いたり、「ああ、いかにもありそうだよな」と頷くところもある。また時には、あり得るはずもないそれらの都市が、その想像力である事象を抽象化したり別の姿として描いているものもあるのではないかと思わせる。その証拠かその結果か、それぞれの都市を語るマルコ・ポーロはどこか皮肉を交えた態度であり、諦念も見て取れる。これは、著者のカルヴィーノが世界に抱いている「想い」だったりするのだろうか。そういう気がしてならない。語られる都市都市はそれぞれがある面から見た我々の活きている世界に他ならず、地図上に無い筈のその都市にひどく存在感があるのは、そういう訳では無いか。

物語は、各章の前後にフビライ汗とマルコ・ポーロの問答で縁取られており、その間に短い、都市の話が数編挟まれる。各編のタイトルには通し番号が付けられているが、それらは番号順に並んでいる訳ではなく、また、五月雨式に登場するので、この辺に構造的な意味が何か隠れているのかな、とも思う。この辺りをちょっと図式化して整理して再読してみようかと思ってるのだけれど。

最後の章に挿入されている話は少し趣向が変わっているように思う。特に、「隠れた都市 2」は、パンドラの筺の「希望」を彷彿とさせる話にも思える。ということは、カルヴィーノはこの世界に対しては悲観的な態度をとっているが、しかし「希望」があると信じているからこそ、生きている、ということなのだろうか。

後2ヶ月

nijimu2003-10-30

明日で10月も終わりということで、今年もあと2ヶ月。しかし!読みたい本は、まだまだ山積状態(ビジュアル的にも…)なので、せめて倍くらいの時間が欲しいなあ、というところ。ボーナスは早く欲しいけどね!

初リファラー

 id:lovelovedogさんから、おすすめサイトということでコメントをいただいたようです。久しぶりに更新したばかりだったので、こんな風にリンクがあるとは思いませんでした。
ぼちぼちと更新していこうと思います。

アン・タイラーコレクション

  • 文春文庫から出版
    • 『ブリージング・レッスン』(ピュリツァー賞)
    • 『ここがホームシック・レストラン』*
    • 『パッチワーク・プラネット』*
    • 『歳月のはしご』

* -- 新刊では入手困難